冴え冴えとした夜。星は分厚い雲に遮られ、また地上から放たれる人工の光もない。
曇天の測候所夜勤は、今日はリークンがつくことになっていた。
「あーあ、せっかくクラウビンが来たっていうのに、今日はいいことがちっともなかったなぁ」
ぼやきながらも、身支度を整え荷物をカバンに手際よく詰めていく。明日の朝まで、ひとりで過ごさねばならない。結構寂しい勤務だけに、用意は周到でなければならない。
「出る前に、クラウビンに一声かけていくかな」
一通り支度を終えると、鏡の前で髪を整える。バレッタで留め、クルリと回ってみた。
「まあ、こんなもんかな」
少し頬を赤らめ、鏡に映る自分に頷く。
どこか、心が躍っている。そんな自分にはたと気付くと、何だか照れくさい。
荷物を肩に掛け、自室を後にする。廊下を隔て、クラウビンにあてがわれている部屋は、斜めの向かいだ。
「クラウビン?」
ノックをする。名前を呼んでみる。だが、返事がない。
「いないの?」
そっと戸を引く。少し軋んだ音。静かな空気には、やたらに響く。
人の気配はなかった。つい今し方までいたというものでもなく、いなくなって結構時間が経っているように思えた。
「こんな時間に、……まさか、あの娘のとこじゃ」
心当たりを考えて、真っ先に思いついたそれに、リークンは激しく嫌悪した。
そして、嫌悪した自分に嫌悪した。
「何でだろ、別に悪いことじゃないのに、……あーあ、ほんっとにアタシってば、今日は調子悪いなぁ……」
自分を自分で笑う。何だかとても寂しい。心の中を虚無が占めるようで、気をそがれた感じだ。
扉を閉め、部屋を後にする。時間的には少し早いが、もう測候所に向かうことにする。一応その旨を伝えるため、ヤルフの部屋へと向かった。
廊下の奥から二番目、そのドアの前に立ち、ノックしようと手をあげたとき、中から複数の人の声が漏れてきた。密閉度が高く、遮音効果に優れた構造のため、大変聞き取りにくかったが、良く知る声にリークンにはその主がすぐにわかった。
ひとりはヤルフ、そしてもうひとりは。
「クラウビン?」
自分の意志とは裏腹に、扉の向こう側にそっと聞き耳を立てる。断続的に拾える台詞、両者の真摯な声音。
『……この力がいきなり発動して』
『お前、異形が出たのか』
「一体、何を話してるの。異形って、一体どういうことなの」
ひとり呟きながら、もはや耳が離せなくなっていた。