二日後、三人はナスラーニ湖付近に住むリュー=フェインに出会った。彼はセイルたちが来るのを予期していたのか、笑顔で三人を建物の中へ迎え入れた。円いテーブルを囲むように置かれている椅子は、ちょうど人数分用意されている。リューは皆を席につかせると、自分も椅子に腰掛けて話を始めた。
「まあ、仕方のないことでしょうね。あなた方は少し来るのが遅すぎました。Iプログラムはもうここにありません。レイリーという女の子に渡しました」
リューは事もなげに言ってのける。この言葉に最も激しく反応を示したのはシェナであった。
「あなたには相手の気持ちを察する思いやりというものがないの!?もう少し言葉を選ぶべきでしょう!」
シェナが腹立たしく思ったのは、リューの言葉がセイルにどれだけ強いショックを与えるかを知っていたからだ。レイリーに先を越された。その事実自体が重要なのではない。問題はそれによって生じる結果である。セイルはレイリーに恨まれるだけなら耐えられるだろう。いつか誤解がとけるかもしれない、という可能性が彼には残されるのだから。だがもし、Iプログラムを始動したのちにレイリーまでもが殺されてしまうなら、彼には何の可能性も残されはしないのだ。
しかしリューは冷静さを保ちながら、語り続ける。
「すでに結果が決定づけられ動かしようのないものになっているのなら、適当な言葉で思考能力を麻痺させるのもいいでしょう。しかし、事態はまだそこまで進んでいませんよ。僕はあなた方に事実をいちはやく説明して、適切な判断をすぐに下せるよう協力したいのです。あんな可憐な少女が破滅するのを見たくはないですからね」
「破滅!?」
セイルが驚いて聞き返した。
「もっと言葉を選びなさい!!」
シェナがテーブルを両手でたたいて立ち上がりながら叫ぶ。リューは苦笑した。彼は内心こう思っていたのである。似た者同士は反発するものなのだ。君のしている行為は鏡に向かって抗議しているようなものだよ、と。事実、シェナがもし逆の立場にいたなら、リューと同じような話し方をしていたのかもしれない。
「ともかく、もうここに用はないようだな」
トネモがそう言って席を立とうとすると、リューは彼を制止した。
「話を最後まで聞いて下さい。ここへは入ってきませんでしたが、彼女には連れがいたようです。どんな人間だったのか分かりませんでしたが、顔を見せなかったことから察するに、良い目的で彼女と行動を共にしているとは思えませんね。恐らくあの少女を利用してドゥニーズを復活させようとしているのでしょう」
「そこまで分かっていたなら、どうしてIプログラムを渡したりしたの!!」
シェナの口調は最大限に荒々しくなっていた。だがシェナが激怒すればするほど、答えるリューは冷静になっていくように見える。
「それが僕に課せられた義務だったからですよ。ネイダー=フェインの後継者としてのね。僕は義務には忠実なんです。とは言っても、精一杯の説得はしてみたんですよ」
リューはしばらく間をおいた。それまでの相手を冷かすような雰囲気を持つ笑顔が消え、彼は真剣な表情を浮かべる。
「僕だってあの少女を救いたいし、ドゥニーズが悪用されることも避けたい。しかし僕には力がないのです。もしIプログラムを渡さなかったら、彼女の同行人が黙ってあきらめてくれたと思いますか?僕にできたのは、あなた方のようにリリーサーを持つ人間がここへ来るのを待つことだけだったのです・・・」
リューは席を立つとIプログラムがあった場所のすぐそばから、ある物を取り出して3人の前まで持ってくる。彼が手にしているのは柄の部分しかない剣であった。
「これはドゥニーズのエネルギーを利用して力を発揮する剣で、レッドソードと呼ばれています。きっと役に立つことでしょう。リリーサーを持つ者にしか扱えないものです。ぜひ持っていって下さい」
「レッドソード?」
セイルはその剣を受け取りながら聞き返す。リューは少年に背を向けてこう答えた。
「赤き剣とも呼ばれています。リリーサーと同じ形をしたくぼみがあるでしょう。そこにリリーサーをはめこむことで剣は力を発揮します。本当なら僕自身が歴史を導きたい。でも、それはあなた方に課せられた使命なのです」
シェナは再び席につき彼に言った。
「使命なんて、過去の呪縛でしかないわ。あなたが望むなら、自分の信じる道を進むことができるはずよ。わたしは自分の意志で戦っている。使命とか責任とか、そんなものにこだわったりしないわ」
「あなただからそうできるのですよ。あなたの強さがそうさせているのです。僕には無理のようだ・・・。さあ行きなさい、ダイラスの遺跡へ。たとえIプログラムの実行を防ぎ得ないとしても・・・」
リューはそう言い残すと部屋を出ていってしまった。そしてその立ち去る後ろ姿は寂しげに見え、三人はしばらく黙って座っていたのである。
「さあ行きましょう、ダイラスヘもう一度。何としてでもレイリーに追いつくわよ」
それがとうてい不可能であることはシェナにも分かっている。それでも希望は捨てたくない、というのが彼女の思いであった。
セイルたち三人がリューの元にたどり着いたころ、レイリーはスィーザーに導かれ巨大な建物の前に来ていた。世界最大規模の遺跡として知られるこの建物は「ダイラスの大遺跡」と呼ばれている。
レイリーにとって不思議なのは、スイーザーはなぜこの場所を知っていたのか、ということであった。古代文明について詳しいようだから、この遺跡にも幾度か来たことがあったのだろうか・・・。もっともそうした疑問は、今の彼女にとってごく小さな問題でしかなかった。
「大きな建物ですね。たぶんここでIプログラムを使えばいいのでしょう」
スィーザーの言葉にレイリーは小さくうなずいた。少女の髪が風になびいている。彼女は自分の心臓の音がしだいに速くなっていくのを感じていた。本当にこれでいいのだろうか?レイリーは自分自身に何度もそう問いかけてみた。ドゥニーズを始動し、その力によってドゥニーズ自体を破壊する。それは正しいことのはずである。ドゥニーズの力さえなくなってしまえば、だれも争わなくてすむのだ。そして自分はセイルを恨まなくてすむかもしれない・・・。
レイリーは建物の中へと足を踏み出す。中はかなり広くはなっていたものの、特に迷路になっているわけではなかった。そのため彼女はすぐに最奥部までたどり着くことができたのである。だが、セイルたちと一緒にいたとき立ち寄った遺跡には、必ず何らかの罠が仕掛けられていた。それに比べてあまりにも簡単すぎると少女は感じていたが、それが危険の兆候であるとは思いも寄らないことであったのだ。
「どうやらここのようですね」
後ろからスィーザーがそう言った。部屋の中心には祭壇のような形をした部分があり、その上にはちょうどIプログラムと同じ大きさのくぼみがある。それを見てレイリーは革袋からIプログラムを取り出した。彼女は静かに、そして慎重にそれをくぼみの部分へはめてみる。問題なくはまったのを確認すると、レイリーは髪をかきあげた。一度深く息をし精神を集中した彼女は、Iプログラムの上に手をかざしドゥニーズの始動を念じた。
すると赤い光があたりを一瞬包み、続いてIプログラムの円盤がその透明な箱の中で回転を始めたのである。
「ドゥニーズのファンクションロックを解除します」
遺跡にそんな声が響いた。少ししてIプログラムの回転が止まる。だが、それ以上は何も起こらない。
レイリーは、ドゥニーズがあるのはこことはかなり離れた場所なのかも知れない、と思った。
「御苦労様。君には感謝しているよ、レイリー。わたしのためにドゥニーズを始動してくれて」
スィーザーの言葉はレイリーの心を凍りつかせた。後ろを向いてみると、彼は不敵にほほ笑みながらこちらを見ている。
「どういう・・・意味・・・?」
少女は不安に満ちた震える声で青年に聞き返した。スィーザーは冷たい口調でそれに答える。
「意味?もちろん言ったとおりの意味だよ。君はドゥニーズを始動してくれた。おかげでわたしはその力を手に入れることができる。だから礼を言ったのだ。いったい何の疑問がある?」
「・・・。それじゃあ、まさか今までのことは・・・」
「カイゼルのことを言っているのか?そうだ。あれはわたしが仕組んだことだ。愉快なショーだっただろう。セイルの放った攻撃をわたしが強化してやったのだ。なに、種を明かせば簡単なことだよ。普通リリーサーを使うとき、たいていの人間は自分自身に精神を集中する。だから攻撃はそこを始点として行われるのだ。わたしはそれをセイルのいた位置で行ったのだよ」
「あなたが・・・、兄さんを・・・!」
レイリーは震える声でスイーザーに言った。いや、むしろその言葉は彼女自身に向けられていたのかも知れない。
「それに、おまえたちが銀の兵士と呼んでいたマシンも、すべてわたしが制御していたものだ」
「・・・!」
「フッ。これで分かっただろう。すべてはわたしの計画通りだった。君も、セイルも、カイゼルも、しょせんはわたしの持駒にすぎなかったのだよ」
「なぜ・・・なの?どうして・・・、どうして・・・こんなことを!」
レイリーの言葉は、広い遺跡の空間に吸い込まれていくように消えていった。スィーザーは彼女の言葉を無視し、くるりと背を向けるとその場を立ち去ろうとする。だが何か思い返したのか、突然立ち止まると後ろ向きのままこう告げた。
「君はセイル=ファルサーという人間を信じることができなかった。人間とはしょせんその程度のものでしかない。人が存在する限り理想など実現し得ないものなのだ。わたしがまだローウェン=ガダンと呼ばれていたとき、世界はわたしにそのことを学ばせてくれた。だからわたしは・・・」
スィーザーの言葉が途切れる。
「いずれにしても、今の君にわたしをとめることはできまい」
最後にそれだけ言い残して彼は立ち去っていった。
スィーザー、いやローウェンの後ろ姿が見えなくなったとき、レイリーは体中からすべての力が抜けてしまったように感じた。巨大な絶望感と罪悪感に責めさいなまれる彼女は立っていることさえできず、その場に座り込む。少女はすべてが終わったのだと思った。しかも、考え得る限り最悪の結果で・・・。