スリース湖。無限に広がっているかのように見える青色の湖。そこはかつてドルイ帝国が全世界を支配下においたとき、世界の中心として定められた場所であった。本来、見る人々に驚きと安らぎとを与えていたその湖は、今、巨大な黒い影によってその様相を変化させられている。湖の中心にその影を作り出しているのは、紛れもなくあの要塞都市ドゥニーズであった。
 ドゥニーズ全体は円盤状で、円周部分には無数の無人砲台が配備され、軍事要塞の性質を合わせ持っていることが容易に分かる。かつてその内側、つまり都市部分では、当時の貴族的な存在の人々が生活していたのだ。そして、要塞中心部に太陽の光を受けて赤く輝いているのが、旧時代の遺産とも言うべき「パネル」である。

 畏怖すべき光景を目の当りにしながら、レイリーは怖いとは少しも思わなかった。自分でも驚くほど気持ちはさわやかなのだ。
 少女は湖のすぐ手前まで近づいてみる。だがドゥニーズは遠く、しかも宙に浮いているのだ。もっとも、その状況さえも今の彼女には小さなことのように思える。
 ローウェンもドゥニーズヘ行かなくてはならないのである。もし彼がすでに都市内部にいるとすれば、いまだに状況が静けさを保っているはずがない。つまり彼はまだ都市へ到達してはいないのだ。恐らく、ドゥニーズヘ行くためには何らかの手順が必要なのだろう。
 「間違いなく彼はわたしより先にここへ着いている。ここで待っていればもうすぐ何か起こるはず・・・」
 レイリーはその独り言を最後まで言い終えることができなかった。ドゥニーズが突如動き出したからである。
 「ドゥニーズが・・・!もう遅かったの?」
 レイリーはその言葉と同時に走り出していた。ダイラスから着いたばかりで体に疲れはあったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 都市は静かにどこかへ向かって、空中を滑るように進んでいく。レイリーはふと、あの翼も持たない大きな都市がどうやって空を飛んでいるのだろう、と思った。それが、ドゥニーズの力の証明なのだろうか?
 少女がそんなことを考えているうちに、ドゥニーズはちょうど湖と陸地の間で動きを止めた。
 「あそこにローウェンがいる・・・」
 レイリーのいる位置から都市の停止した場所までは、かなり距離があるのだが、ドゥニーズの巨大さゆえに目標を見失う心配はない。少女は走るのをやめた。なぜか急ぐ必要はないような気がしたのだ。ローウェンが自分の到着を待っているのではないか、という気が。

 レイリーが都市にたどり着くと、その入り口らしき部分が開いたままになっており、そこへ続く階段のような物までおろされていた。ドゥニーズ自体はまだ空中で静止しており、この階段をのぼる以外に都市へ侵入する方法はないと思われる。
 少女は一歩ずつ自分の歩みを確かめるかのように、ゆっくりと階段をのぼっていった。階段をのぼり終えた彼女が到達したのは、ドゥニーズの内面にあたる部分である。都市上から見れば、地下ということになるのだろう。
 レイリーには、自分がどこにいるのかまったく見当がつかなかった。ましてローウェンがどこに向かったのかなど分かるはずがない。だが、少なくとも彼が都市にとって最も重要な部分を目ざすのだろう、ということは予想できる。
 レイリーは外から見たドゥニーズの形状を思い出した。力の源であるパネルは都市の中心、最も高くなっている所に存在する。だとすれば、その力を制御する場所もその近くにあるのではないか。彼女はそう推論すると、都市の上部に続くと思われる道を進むことにした。

 レイリーの目指した都市最上部、「パネル」の配置されているその部分の真下に、都市のコントロール室が存在した。ローウェンはそこに設置された複雑な機械類を操作し、都市の完全な機能回復を図っている。
 「さすがにすベての機能が無事というわけにはいかないか。まあいい。パネルの力さえ使用できればわたしにとっては十分だからな」
 そう言いながら、彼は巨大なスクリーンの手前にある装置上に並べられたスイッチのいくつかに触れる。すると、都市全体に甲高く機能回復を告げる声が響き渡った。
 「ドゥニーズ。指令コード2031を実行。機能チェック及び機能回復プログラムが終了。ドゥニーズは一部の機能を除き利用可能になりました」
 その瞬間、都市の「パネル」は赤い光を放ち始めた。リリーサーと同じ赤い光、いや、それよりもはるかに強い輝きがスクリーンを通してローウェンの前に写し出される。ドゥニーズが本来の力を取り戻したのだ。そしてそれは同時に、リリーサーが以前よりはるかに強い力を持つようになったことを意味する。要塞都市ドゥニーズが完全に機能しているときにこそ、その力を利用しているリリーサーは真価を発揮するのだから。
 ローウェンは赤い光を放っている自らのリリーサーを取り出した。
 「すべては終わった。あとは・・・」
 彼が首から下げられたリリーサーをにぎりしめ、そうつぶやいたときである。
 「やっぱり、ここだったのね。ローウェン」
 部屋の後ろ側から、彼がよく知っている少女の声が聞こえてきた。
 ローウェンは軽やかに後ろを向くと、彼女に語りかける。
 「レイリー。こんなに早く君が立ち直れるとは・・・、正直考えなかったよ。もっとも、もし君がおびえたままであったとしても、結果は同じだったのだがね」
 「・・・」
 レイリーは静かに青年のそばまで歩み寄る。彼女の目にローウェンの手からもれる赤い光が入った。
 「リリーサーの光?やっぱりあなたはリリーサーを持つ人間だったのね。それ以上、強い力を手に入れて、いったい何をしようというの?」
 ローウェンはリリーサーから手を離すと、少女に告げた。
 「そんなことを知ってどうするつもりだ?まさか、こととしだいによっては戦ってわたしを倒す、などと言うのではあるまいな?」
 レイリーは何も答えない。だが、その決意のこもった表情から、ローウェンは彼女の意志を読み取った。
 「いいだろう・・・。ならば教えてやろう、わたしの望んだ未来を・・・」
 「未来・・・?」
 「そう、未来。わたしにとってこの世界は未来なのだ。かつてわたしはドルイ帝国の総督として、ダイラスの地へ派遣された。わたしは本来、帝国時代の人間だったのだ」
 「そんな・・・。そのあなたがどうしてここに・・・」
 「わたしはその時代で一つのことを学んだ。それは、人類社会などというものは存在するに値しない、ということだ。君もそうは思わないか?君自信、他人を信じることなどできなかっただろう?」
 「・・・」
 「だからこそ、わたしは決めたのだ。ドゥニーズの力を使って全人類をこの世界から抹消する、と。それは社会が当然受けるべき裁きなのだ。そのために、わたしはリリーサーを使って時を越え、都市が機能を回復するこの時代によみがえった」
 「そんな・・・、そんなのおかしい!罪もない人たちを殺して何になるって言うの!?」
 「罪がないだと?」
 ローウェンはレイリーの言葉をせせら笑った。
 「この世界に罪のない人間がいるなどと、本気で考えているのか?よく思い出すがいい。社会が君に何をしてくれた?人類は君を幸福にしてくれたとでも言うのか?」
 ローウェンの言葉にレイリーは何も答えなかった。いや、何も答えられなかったのだ。少女の胸に幼いときのつらい経験がよみがえってくる。キムダルの村人たちは自分たちがリリーサーによって強大な力を操ることができると知ったとき、無情にも行くあてもない一家を無理やり村から追い出したのだ。村の子供たちから石を投げつけられ、母親が自分を必死にかばってくれた光景を、今でも鮮明に思い出すことができる。
 「自分に罪がない、などと正当に主張できる人間など一人として存在しはしない。ならば、人類が滅亡することによってのみ、世界は浄化されるのだとは思わないか?」
 レイリーにはとまどっている自分がもどかしく感じられた。カイゼルを殺した張本人であるローウェンに同調する気などまったくなかったが、自分自身の復讐心が社会に対して燃え上がるのを止める術は少女になかったのだ。そして冷静なままのもう一人の自分が彼女に話しかけてくる。自分だって力による報復を少なからず望んでいるのだ。もしローウェンも同じなのだとしたら・・・、彼にここまでさせたのが人類社会自体なのだとしたら、彼の行動をとめる権利など誰にもないのではないか、と。
 だがそのとき、迷う少女の心にある人の顔が浮かび上がった。
 「一緒に行こう。そして君の兄さんを探すんだ」
 やさしくほほ笑みながらそう言ってくれた少年。彼は自分の願いをかなえるため、いつも懸命に最善を尽くしてくれた。そして彼は自分が最後まで信じると心に誓った人なのだ。
 「確かに、社会はわたしから幸福を奪ったのかもしれない。でもわたしは、心から信じられる人に出会うことができた。わたしはセイルに出会うことができた・・・。だからわたしは迷わない。絶対に!」
 「そうか・・・。いいだろう、ならば来るがいい。君が信じるもののために!」
 ローウェンは笑みを浮かべながら言った。
 レイリーは精神を集中し始める。それによって得られる感覚は明らかに今までと異なっていた。以前の数倍の力が利用可能になっているようである。
 「果して、リリーサーを持たぬ君が復活したドゥニーズの力を使いこなすことができるかな」
 ローウェンはそう言ったと同時に、少女に向けてエネルギー弾を放った。カイゼルを倒した時のように、彼は自分自身は動くことなく、どんな位置からでも光弾を発生させることができる。絶え間なく全方向から加えられる攻撃に、レイリーは防戦一方に追い込まれてしまった。
 しばらくの間その状態が続くと、精神的に消耗し始めたレイリーの防御は甘くなっていき、数発のエネルギー弾が彼女をかすめる。それに気を取られた瞬間、ローウェンは一撃のみに全集中力を注いで彼女に攻撃をしてきた。一点に集中した小さな光の弾がレイリーの防壁を突破し、彼女に命中する。防壁によってかなり弱められてはいるものの、始動したドゥニーズによって作り出されているエネルギー弾は強力であった。少女の位置まで到達した瞬間に大爆発が生じ、轟音が都市に響き渡る。まともに受けていれば、もはや彼女が生きている可能性はないであろうと思われた。
 爆風で舞い上がった塵を吹き払おうと、ローウェンはリリーサーで強い風をおこす。立ち込める煙がしだいに四散してゆき見通しがきくようになると、その中心にほこりまみれの少女が見えた。彼女は荒い息をしながら、床に手をつき座り込むような恰好をしている。
 「直撃寸前にもう一度、防衛措置を取ったのか。余計なことをしなければ楽に死ねたものを・・・」
 ローウェンがつぶやく間に、レイリーはふらつきながらやっとのことで立ち上がった。手で体をかばおうとしたためが、両手に血がにじんでいるのがローウェンにも見える。
 「そこまでしていったい何になる!?君のやろうとしていることは結局、無駄なことなのだぞ!」
 レイリーは何も答えなかった。ただ両手をローウェンの方へ向け、攻撃のために精神集中を始めている。そんな彼女をローウェンは黙って見つめていたが、レイリーの手元に光が集中し始めると少女にこう告げるのだった。
 「言っても無駄のようだな、レイリー・・・。ならばやってみるがいい。君の力でいったい何ができるのか、気がすむまで試してみろ!」
 レイリーは全神経を攻撃のみに集中し、彼女の限界まで強めた光球を放った。パネルの機能回復によって少女の攻撃能力は数段増しているため、光弾は赤い尾を引いて飛んでゆく。方向は正確にローウェンに対して向けられていた。
 しかし、ローウェンはまったくよけようとはしない。レイリーの放った光弾がすぐ前にせまっても彼は身動きひとつしなかった。レイリーの視界で爆発が起こった。彼女は息も乱れたまま、自分自身にその影響が及ばぬよう防壁を構成する。
 「当たったの?」
 だが次の瞬間、少女は絶句せざるを得なかった。ゆるやかに、だが確実に迫ってくる靴音が聞こえてきたのだ。煙の中から姿を現したのは、かすり傷ひとつないローウェンであった。
 「これで分かっただろう。君が何をしようと無駄なのだ」
 体を震わせて立ちすくむ少女に、ローウェンは話を続ける。
 「リリーサーを持たぬ君には、それが限界なのだ。確かに普通の相手となら、君はリリーサーなしで互角に戦える。だが、リリーサーを持たぬ者には定められた限界があるのだ」
 「げん・・・かい・・・?」
 震える声で聞き返すレイリーに、ローウェンはうなずいて見せる。
 「この要塞都市が造られた当時、その巨大な力を使おうとした者たちの多くが死んでいった。精神を完全に破壊されてな・・・。ドゥニーズによって作り出される力は強力だ。その力は、生身の人間が使うにはあまりにも強力すぎるのだ。だからこそ、リリーサーが必要になった。無限の力を人が完全に制御できるようにするために。そして、リリーサーを介さずに力を使う場合には、本人に危害が及ばぬよう引き出せる力に限度が設けられた」
 「だから・・・、絶対に・・・勝てない・・・?」
 レイリーは最初にひざをつき、そしてそのまま座り込んでしまった。精神面の消耗と絶望感で、彼女は完全に戦意を失っている。
 「ごめんね、セイル・・・。わたし何もできなかったよ・・・」
 少女の声はローウェンに聞き取れぬほど小さなものだった。

 「レイリー、レイリー・・・」
 自分の名を呼ぶ声にはっとしてレイリーが目を上げると、そこにはドゥニーズの中とはまったく違う光景が広がっている。
 「ここは・・・?」
 そこは確かに彼女の知っている場所であった。銀色の壁によって仕切られた空間。そして激しい戦闘の痕跡。間違いなくラグヌの遺跡の光景である。
 そこは、この事件で最初の悲劇が生じた所であった。一人の少女が大切なものを守るために自分のすべてを捧げた場所・・・。
 「こっちだよ。レイリー」
 後ろから声が聞こえてくる。彼女がふりむくと、そこにはあの悲劇の犠牲者であるマラナが立っていたのだ。
 驚くレイリーに構わず、マラナは話し始める。
 「レイリー、くじけちゃだめだよ」
 「マラナ・・・?」
 「セイルのこと、信じるって決めたんでしょう?」
 「・・・」
 レイリーはうつむいて何も答えなかった。そんな彼女にマラナは両手を広げて語りかける。
 「勇気を出して、レイリー。人を信じる勇気を・・・」
 「信じる・・・勇気・・・?」
 「そう、勇気!レイリーならできるはずだよ、きっと」
 マラナの言葉に、レイリーは弱々しく答えた。
 「でも・・・、わたしは絶対に勝てないんだよ・・・」
 マラナは首を横にふって言葉を続ける。
 「ううん。レイリーは分かってるはずだよ。勝つ必要なんてないってこと。だって、レイリーはセイルのこと信じてるんでしょう?」
 それからマラナは、くすくすっと笑ってこう言った。
 「ねえ、レイリー。わたし本当はね、レイリーのこととってもうらやましかったんだ。だってレイリーは美人だったし、それにセイルはレイリーのためにとっても一生懸命だったから・・・」
 「でもわたし、どうしたらいいのか・・・」
 レイリーがマラナに問いかけようとすると、あたりの景色もマラナの姿もしだいに色を失ってゆき、ついに何も見えなくなってしまう。
 「勇気を出して、セイルを信じるんだよ、レイリー」
 レイリーには、最後にそんなマラナの声が聞こえたような気がした。

 幻から覚めたレイリーは、すぐに立ち上がった。彼女の心の中に存在した迷いは、すでになくなっている。
 「ありがとう、マラナ。わたし、やってみる」
 レイリーが正気を取り戻したのに気づいたローウェンが身構える。だが、少女は攻撃をするのではなく、その場にひざまづき何かに向かって小声で祈り始めた。
 「お願い、ドゥニーズ。わたしはどうなっても構わない。だから、わたしに力を貸して。リリーサーの力に対抗できる力を・・・。限界を超えた、無限の力を・・・」
 彼女はそう祈っていたのだ。少女の行動をローウェンはただ見守っている。しだいにレイリーの体を赤くやわらかい光が包みこんでいった。それを見つめるローウェンの表情に驚愕の色がうかぶ。
 「何?この光は、リリーサー・・・。何者かがこの場に関与しているというのか?」
 そのとき、都市全体に不自然に高い音域で発せられる独特の声が響き渡った。
 「警告。リリーサーなしの直接アクセスに対するリミッターを解除します。ユーザーはリミットチェックを各自で行って下さい」
 「バカな。この少女の意志に都市が反応したというのか!?そんなことがあり得るはずは・・・」
 ローウェンが独語した。
 レイリーはすっと立ち上がると、強い意志のこもった瞳で青年を見つめる。そして彼女は精神を集中し、攻撃の構えを見せた。
 「言ったはずだ。限界以上の力を使えば君は間違いなく死ぬぞ!」
 「構わない。わたしはセイルを信じているから・・・。今度こそセイルのこと信じるって決めたから・・・」
 レイリーの指先には小さな光球が作り出されている。光は決して強くなく、その威力は都市の本来の力に比べてほんの微々たるものにすぎなかった。だが、少女のまわりには制御しきれなくなった都市の力が、赤い光となって渦巻いている。彼女が極限まで力を使おうとしているのは明らかであった。
 「何をするつもりだ?」
 レイリーにはその問いに答える力は残っていない。彼女にとって限界をこえた力を制御するだけで、精一杯なのだ。あまりにも巨大すぎる力は、最後の一撃のため、すべての能力を集中する少女自身を傷つけ始めていた。
 その様子を見つめるローウェンの瞳に悲しげな色がうかぶ。それに気づいたレイリーは一瞬攻撃をためらった。だが、もう彼女には攻撃を止める力さえ残っていない。少女は迷うのをやめた。
 「セイル・・・、ありがとう・・・」
 レイリーは正確に狙いを定めると、全身の力を抜いた。彼女の作り出した小さな光球は、ローウェンに向けてすさまじいスピードで放たれる。それは、リリーサーによる攻撃の通常速度をはるかに上まわっていた。
 「・・・!!」
 リリーサーの最大の欠点は反応速度の遅さにある。事前に準備をしていた場合を除き、近距離からの高速な攻撃には対応できないのだ。
 ローウェンはすぐに防衛をあきらめると、体を横にずらして、光弾をかわそうとした。彼の機敏な動きならば、かろうじて攻撃を避けられるはずである。その判断は適切であると思えた。事実、ローウェンはレイリーの攻撃から身をかわすことに成功したのだ。
 しかし、彼の胸もとでキンッという音がした。そして、粉々に砕け散ったリリーサーが、彼の足元に落ちていく。首からつりさげられていたリリーサーが彼の動きに完全についてくることはなかったのだ。そのリリーサーを、レイリーの光弾が直撃したのである。
 レイリーは目的を達したのを見ると、急速に感覚が麻痺してゆくのに気づいた。
 「こんな・・・ことが・・・。まさか、わたしがよけることまで計算に入れていたというのか!?」
 ローウェンはレイリーに向けて言った。だが、その言葉に彼女は答えない。完全に意識を失った少女は、自分がその場に倒れてしまったことにさえ、気づくことはなかったのである。
 事態を把握したローウェンは静かにレイリーの元へ歩みよった。
 「わたしが、リリーサーを使うことのできないほどのスピードを得るために、リミッターを解除したのだな。自分の命と引き換えにしてでも、わたしのリリーサーを破壊するために。リリーサーさえなければ、セイルが何とかしてくれると信じたからか・・・」
 すでに身動き一つしない少女の体を優しく抱き上げると、ローウェンは立ち上がった。そして、彼は目を閉じ、低い声でこう言う。
 「いいだろう。レイリー、君がそれほど信じたセイルという少年に、一度だけチャンスをやることにしよう。それこそ、このゲームの終幕にふさわしいイベントになるはずだ・・・」
 部屋を出るローウェンの靴音だけが、無人の都市に響いていた。

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