サンダールの宿、二階の部屋にセイルたち二人はいる。
 シェナは落ち込んでいた。今、目の前にいる少年に、何もしてあげられなかった自分をいらだたしくさえ思える。セイルは街へ戻ってきてから何も話そうとしない。遺跡での出来事が、よほどこたえたのだろう。
 それにしても、とシェナは思う。カイゼルの姓はファストナーだった。だとすれば当然、妹であるレイリーもファストナー家の人間だということになる。その彼女が敵に回るというのであれば、多少厄介なことになるかもしれない。
 「とにかく、今日はもう休んで、明日もう一度あの遺跡を調べに行くことにしましょう」
 シェナの言葉にセイルは小さく、はい、と答えて自分の床へ入った。部屋には四つのベッドが備えつけられている。そのうちの二つがシェナとセイルの領土であった。シェナに宿代をけちるつもりはなかったのだが、昨日、祭りを間近に迎えたこの街に到着したときには、宿に四人部屋以外空いている部屋がなかったのだ。遺跡から戻ってきてからも、再び良い宿を探したのだが、ここよりましで部屋の空いている宿を見つけることはできなかった。そのためシェナは二人分の宿賃で四人分の部屋を使えるのだから、と考え直し、ここで満足することにしたのである。もっともこの部屋を借りる客が他にいないという保証はどこにもなかったのだが。

 ベッドの中でシェナは、テーブルの上に置かれた自らのリリーサーを見つめながら、遺跡での出来事を思い返してみた。カイゼルの予想以上の能力。リリーサーなしでドゥニーズの力を引き出せるほどの精神力を持つレイリー。そして遺跡に配置された銀の兵。もし、あの兵士に指示を与えていた者が、カイゼルの死を仕組んだのだとすれば・・・。
 「少なくともわたしの勝てる相手じゃない・・・、か」
 しかし、まわりの人間に自分がやったことを気づかせないようカイゼルを倒すことができるほど、リリーサーの扱いに熟達している敵ならば、なぜリリーサーの継承者すべてを殺してしまわないのだろうか?正面から堂々と戦って勝つだけの能力は持たない敵なのか。あるいは、何か理由があってそうしないだけなのか・・・。
 シェナは考えるのをやめ、とりあえず今は眠ることにした。

 次の日の朝シェナが目を覚ますと、セイルはすでに起きて窓から見える景色を眺めているところだった。シェナが起きたことに気づいたセイルは、おはようとあいさつをしてからこう言う。
 「シェナさん・・・。僕は一晩中考えてみました。これからどうすればいいのか・・・。でも、分かりませんでした。僕はレイリーを傷つけるようなことを言ってしまった。そして、彼女が一番大切に想っていたカイゼルを、僕は・・・」
 「セイル、それは違うわ。あれはあなたのせいなんかじゃない。それに単なる事故でもない。きっと、誰かが仕組んだことなのよ」
 「確かに僕はリリーサーを加減して使ったつもりです。でもあそこでリリーサーの力に関与できる人間がいたとは思えません。それに例えあれが誰かの仕組んだことだったとしても、レイリーは僕のことを・・・」
 「セイル。リリーサーは心を司る物。決してあなたが望んだことに反するようなことはしないわ。自分を信じなさい。そうすれば、いつか彼女も分かってくれるはずよ」
 セイルは少し笑って見せた。外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。分かってもらえなくてもいい。今度レイリーに会うことができたときには、自分の犯した過ちについて誠心誠意謝ろう。少年はそう心に決めたのである。
 そのとき、階下から男の声が聞こえてきた。宿主と何かもめているらしい。
 「ぬぅわぁぁぁにぃぃぃぃぃ。部屋がないだとぉぉぉぉっ!?」
 男の客が叫んだ言葉が聞こえてきた。宿主が何事かを告げたようだが、そこまでは聞き取れない。少しの間、二人の間で会話が交わされたようだった。続いて階段をのぼってくる足音。セイルたちの部屋の戸が開けられ、その客が中に入ってきた。
 「やぁ、諸君。今日一日、一緒に泊まることになった学者のトネモという者だ。まぁ、汚いとこだが遠慮せず、くつろいでくれたまえ!」
 「トネモさん!?どうしてここへ!」
 セイルが驚いて尋ねる。
 「おおぉ君はぁ、なつかしのカイル君ではないかぁぁぁ!考古学者たるわたしが、ここの有名な遺跡を調べに来ていて、いったい何の不思議があるというのかねぇぇぇ?」
 「セ、セイルなんですけど」
 「はっはっはっ!多少の違いは問題ではない。人生すべては「おおよそ」が肝心。少年よ、未来へ向かって羽ぁばたくのだぁぁぁぁ!」
 トネモは上機嫌な様子だった。シェナはあきれて苦笑している。セイルが何かいいことがあったのかと尋ねると、彼は二日前にサンダールの遺跡を調べて大発見をしたのだと答えた。セイルたちが遺跡へ行く前日のことだ。
 「遺跡をくまなく調べたのだが、特に目新しいものは見つからずあきらめかけたころ、わたしは中心部の建物の奥で大発見をしたのだよぉぉぉ。その壁面にはこう彫られてあった。「科学の継承者を自称するネイダーという技師は、旧世紀の建造物を調査し、そこからパネルと呼ばれるものを発見した。このため彼は、ドゥニーズ建造の技師長に任ぜられ、都市の設計に携わった。後にネイダーはシールズ皇子の指揮下で帝国への反乱に参加し、要塞都市ドゥニーズを水没させることに成功した。しかし、彼は遠い未来においてドゥニーズが人類に平和と繁栄をもたらすものとなることを望んだ。定められし時、ダイラスの研究所でIプログラムを発動させよ。そうすればドゥニーズの力はその者に与えられる。我々はネイダーの行為が報われるものと信じている」」
 トネモはさも得意げに遺跡で見た言葉を暗唱してみせた。するとシェナが彼に一つの質問をする。遺跡にいた銀の衛兵をどうやって突破したのか、と。
 「いやぁ、簡単だったよぉぉぉぉ!何しろ、そんな変な奴らはあの遺跡にいなかったからねぇぇぇ!」
 「いなかったですって!?わたしたちが遺跡へ行ったときにはカイゼルが何体もの兵士と戦っていたのに・・・」
 シェナの表情が深刻なものに変わった。人差し指を唇に当て、目を閉じ、何事かを真剣に考えている。この仕草は大事なことを考えるときの彼女の癖らしかった。窓から差し込み始めた日の光が、彼女の髪に美しい光沢を与え、端正な顔立ちをよりいっそう美しく見せている。
 セイルはこの間に、これまでの出来事をトネモに説明した。シェナはふいに目を開き、セイルに生気のこもった笑顔を見せた。シェナはドゥニーズの歴史について今までに知った事柄を頭の中で整理し、そうすることによって新たな情報を導き出そうとしていたのである。
 「わたしたちを邪魔しているのは、恐らくドゥニーズの重臣だった人だと思うの」
 シェナは最初に結論から述べた。それは彼女の性格を象徴する行為なのだが、セイルとトネモは少々面食らってしまう。だがそんな二人の様子を気にもとめずにシェナは説明を始めた。
 まず第一に敵はリリーサーを持つ人間だと考えられる。そうでなくては、セイルがカイゼルを殺したように見せかけることは不可能だと思えるからだ。シェナの家に伝わる伝承によれば、帝国の時代、リリーサーを持っていたのはファストナー家の人間と、重臣たちのみであったらしい。当然ドルイの重臣が敵の正体だとすれば、リリーサーを持っていてもおかしくはない。
 次にドゥニーズの力を手に入れようとしている動機だが、マラナやカイゼルの事件を考えると決してその動機が良いものであるとは思えない。恐らく極めて強い負の感情が関係しているのだろう。伝承によれば、ドルイの重臣たちの中にセイルの祖先にあたるレイ=ファルサーという人物がいる。彼はその温厚な性格ゆえ、赴任地のオーロイダで圧倒的な支持を得ていたらしい。だが彼は帝国重臣たちの中にあっては極めて異色な人物であった。つまり、彼以外の重臣たちは皆、温厚とはほど遠い性質を有していたのだ。そのためレイ=ファルサーを除くほとんどの重臣たちは、帝国が滅亡したときに国民によってその地位を追われた。マラナの祖先エルドールのように小さな村に身を隠した者や、中には処刑された者もいたようだ。彼らが何らかの形で社会に復讐を誓ったとしても不思議はないはずであった。
 シェナは次にレイリーのことについて説明する。敵はなぜセイルとレイリーを敵対させるようなことをしたのか。もし、敵が帝国の重臣なのだとすれば、シールズは復讐を志す可能性のある彼らに、Iプログラムの使用ができないよう何らかの対策を講じたはずだ。そのため、敵は自分にはできないIプログラムの実行を、レイリーに行わせようとしているのではないだろうか。だとすれば、レイリーに危機感を抱かせるためにセイルたちを利用する必要があり、敵が直接戦おうとしないのも納得できる。
 そして、シールズの配置したドゥニーズへの道を示す遺跡群。以前にセイルが言ったように、元からドゥニーズの復活のさせ方を知っている人間がいないのであれば、それを秘密にしておけば良かったのだ。あえてそうしなかったのは、シールズの予測していた敵がすでにドゥニーズの始動法を知っているからではないだろうか。ドルイの臣下たちがドゥニーズに関して無知であったとは考えにくいから、彼らの中にネイダーが都市を破壊したのではないことに気づく者もいたはずだ。
 そこまで説明し終えてシェナは一度話すのをやめた。トネモが反論したげなのに気づいたからだ。その間を逃さずトネモはこう言った。
 「確かにつじつまは合うかもしれんが、ドルイの重臣がまだ生きているとは考えにくいぞ。三百年も前の話なんだろぉぉ?」
 「ええ。でもリリーサーにわたしたちのまだ知らない使い方があって、時を越えることができるのだとすれば、あり得ないことではないはずよ。それにドルイ帝国時代の人間以外に、あれだけリリーサーの力を使いこなせる者がいるとは考えにくいわ」
 そう言い終えたシェナは、セイルの表情が今まで以上に深刻になっているのを見て、どうしたのかと彼に尋ねる。それに対してセイルはこう答えた。
 「シェナさん、あなたが言うように敵がレイリーを利用しようとしているのだったら、その敵はレイリーと一緒にいるのでしょうか?」
 セイルは不安なのだ。レイリーがその敵と一緒にいるのなら、最も危険な立場にあるのは彼女ではないか。どうやらシェナはセイルの気持ちを察したらしかった。彼女はこう言ったのだ。
 「恐らく、その確率は高いでしょうね。でも、敵はドゥニーズを始動するまで、レイリーに危害を加えることはできないわ。あの子は脅しに屈するタイプじゃなさそうだもの。だから敵にIプログラムさえ渡さなければ何とかなるはずよ。とにかくIプログラムをわたしたちが手に入れることね」
 「Iプログラムか・・・。よぉぉしぃぃぃ、わたしも手伝うことにするぞぉぉぉ!」
 トネモは叫んだあと、いつもの調子で高笑いした。セイルも少しだけ笑う。それを見たシェナは、安心したようなほほ笑みを少年に向けるのだった。
 一時間後、トネモを仲間に加えた三人はIプログラムを探すために街を出発した。新たな目的地はダイラス。そこでIプログラムの存在する場所についての情報が得られることを期待しての出立であった。

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