サンダールの宿の一室で、スィーザーと会話するレイリーの姿があった。ベッドで少女は横になっており、青年はそのそばで椅子に腰掛けている。
 「よく眠れましたか、レイリー?」
 「ええ、とっても。もう体も大丈夫みたい」
 そう言うとレイリーは体を起こしてみた。
 「そうですか。それじゃあ昨日の薬が効いたのかも知れませんね」
 スィーザーは笑顔で答えると、立ち上がって窓際へ行く。
 「今日あたり、あなたのお兄さんが来るかもしれませんね。天気も良いことですし、わたしは早速遺跡に行こうと思います」
 「スィーザー。わたし、もう大丈夫だと思うの。だから一緒に連れていってくれないかしら」
 このときレイリーの言葉は決して強いものではなかった。兄が今日サンダールへ到着するという保証はどこにもなかったし、自分がついて行くことで彼の足手まといになるかもしれないという遠慮もあったのだ。
 その心理を正確に洞察したスィーザーは、優しく少女に答える。
 「いけませんよ、レイリー。しばらく休んでいなくては。わたしの説得でお兄さんが分かってくれるかどうか不安ですが、きっとここへ連れてきてみせますよ」
 自分が連れ出したという印象があってはならない。レイリー自身が自らの意志で、遺跡に向かわなくてはならないのだ。そうでなくては、これから見にいくショーが、自分のシナリオによるものだと感づかせるきっかけを作ることになる。スィーザーはそう考えていた。
 そして、スィーザーの言葉の後半の部分は、彼の意図したとおり、少女の心理に多大な影響を及ぼしたのである。兄の性質をよく知るレイリーには容易に想像できたのだ。カイゼルがスィーザーの説得になど耳も貸さない情景が・・・。彼女は思った。やはり自分が行かなくては駄目なのだ、と。
 「お願いです。わたしを一緒に連れて行ってください!!」
 レイリーの言葉は断然強いものに変わっていた。そして、それがスィーザーに誘導された結果なのだとは夢にも思っていないのである。
 「分かりました。あなたがそこまで言うのなら、仕方ありませんね・・・」
 スィーザーの言葉を聞き、レイリーは外出の準備の支度を整えるのだった。
 

 遺跡へと至る道を歩いてくる二つの人影があった。スィーザーとレイリーである。セイルたちとは異なり、スィーザーは道を完全に把握していたので最短の道を通ってきており、遺跡の正面に出てきていた。
 「遺跡が見えてきましたね。レイリー、ここからは急がなくていいですよ。わたしが先に行って様子を見てきますから」
 「はい、分かりました」
 スィーザーはレイリーの返事を聞くと、一度うなずいてから遺跡の方へ駆け出していった。彼のこうした言動をレイリーは怪しいと思うべきだったのかもしれない。だが、兄のことで頭が一杯だった彼女は、彼が親切でそうしているのだとばかり思っていた。

 遺跡につき、その様子を確認したスィーザーは小声でつぶやいた。
 「ほう、もう始まっていたのか。だが・・・」
 そして、彼は後ろをふりむきレイリーが声の届くくらいの距離まで来ているのを確認すると、こう言葉を続けた。
 「あの娘にとっては、ここからで十分かもしれないな」
 スィーザーはすでにセイルやカイゼルのいる建物の入り口の所に立っていた。中を見ると3人の人間が戦っている。彼はセイルとシェナの姿を街で確認していたので知っていた。レイリーから聞いた話を考えると、もう一人の人間がカイゼルらしい。
 「カイゼルは本気で攻撃しているように見えるが、あの二人は逃げる隙をうかがっているようだな」
 スィーザーは後ろを向いてレイリーに叫んで見せた。
 「レイリーさん、急いで来て下さい!あなたのお兄さんらしき人が戦っています!」
 レイリーはあわててスィーザーの元へ走ってくる。彼は遺跡の中の状態を見せ、少女に意見を求めた。
 「兄さん・・・。それにセイル。行ってとめなきゃ!」
 「お待ちなさい。こんな状態で出ていくのは危険です。どんな理由で戦っているのかも分からないのですよ」
 スィーザーはさりげなくレイリーの反論を待つ。
 「理由って・・・、それはたぶん兄さんが・・・」
 「本当にそうでしょうか?」
 「え・・・、どういう意味ですか?」
 スィーザーは遺跡の中へと視線を移し、自分の計画をより完璧なものとするための言葉をレイリーに聞かせる。
 「彼は・・・、セイル君は何を考えているのでしょうね。あなたの話ではマラナさんが亡くなった時に、彼は涙のひとつも見せなかったとか。本当に大事に想っていた相手を失った人間が、そんな態度を取ることができるでしょうか。そして、そのあとのあなたに対する言葉・・・」
 「・・・」
 「わたしは思うのですが、もしドゥニーズの力を悪用しようとしている人間がいるとすれば、恐らくリリーサーにかかわる者を消していこうとするでしょうね」
 「セイルが、彼がそうだと言うの!」
 レイリーはそのあと、反論しようとして言葉につまってしまった。
 確かにマラナの死がセイルに深く関係しているのは事実なのだ。あれが故意であり、マラナが自分をかばうことまで計算に入れていたのだとすれば、なんと悪質なやり口だろう。
 そして、セイルのあの言葉。スィーザーと出会わず一人っきりだったなら、きっと自分は兄を探すのも、古代帝国にかかわるのもやめようとしただろう。それも計算されていたことなのだろうか?
 しかも今、彼はリリーサーを持つ二人の人間を巻き込んで戦っている。もし、これも計画の一環なのだとしたら・・・。
 「そんな・・・、そんなはずない・・・」
 レイリーはそれしか言うことができなかった。

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