遺跡へと向かう道すがらマラナに聞いた話によると、彼女は絵を描くのが趣味らしく、自分は画家なのだと強く主張した。
 「何考えてるの?」
 マラナが無邪気な口調でセイルに尋ねる。
 「え、いや、別に・・・」
 「・・・。もしかして、わたしがあんまり美少女だから、とても画家だとは信じられない、とか?」
 「いや、あの・・・。ただ、絵を描く道具持ってないようだから、どうするつもりなのかな、と思ったんだ・・・」
 あわててセイルが答える。マラナはいたずらっぽくクスクスと笑いこう答えた。
 「なあんだ、そんなことか。筆はいつでも持ってるわ。だけど、紙も絵の具も現地調達なんだ。だって、紙はどこでも売ってるし、絵の具は自分で作れるもの」
 「へえ、そうなのか」
 多少無理はしていたが、感心して見せるセイルだった。

 ザバナの遺跡。それは幾つかの建造物によって構成されており、そのまわりを一種の塀のようなものが取り囲んでいる。そしてその塀は、セイルが見たことのない灰色の物質で造られていた。
 三人が遺跡に到着すると、その中から男の叫び声と何かの爆発する音が響いているのが聞こえてくる。
 「どおぅぅぅりぃやぁぁぁぁぁぁっ!」
 ドカーン!
 「うぉぉぉりぃやぁぁぁぁぁっ!」
 ズガーン!
 「な、何なのこれ?」
 マラナが不安げに尋ねるが、セイルにしろレイリーにしろ、答えが分かるはずもない。
 「どうやら、中は危険なようだね。よし、僕が様子を見てこよう」
 セイルはレイリーからリリーサーの使い方を教わっており、ある程度ならばその力を操ることができるようになっていたのだ。
 「わたしも一緒に行くわ」
 レイリーはそう言うとセイルのあとについていく。
 「わたしだけおいてくつもり!?」
 マラナも二人のあとに着いてきたので、セイルの心遣いは結局無駄になってしまった。
 遺跡の中に入ると、またもや叫び声と爆発音が響いてくる。その声と音の聞こえてくる方向へ進んでいくと、ついには円柱型の建物にたどり着いた。奇声と音はその中から聞こえているらしい。
 建物に入った三人が最初に目にしたのは、巨大な氷のようにも見える透明な壁であった。そして、その手前には奇声の発生源と思われる中年の男が一人立っている。
 「なんだね、君らは。危ないからさがっていなさい。ぬぅぅぅぅぅ、せぃりぃぁぁぁぁぁぁ!!」
 叫び声と共に男が腕を前に突き出すと、その気合には極めて不釣り合いと思える小さな火球が生じ、壁へ向かって飛んでいった。
 ドーン!
 大きな音がしたが、壁には傷一つついているように見えない。
 その様子を見てマラナが尋ねる。
 「何やってんの、おじさん?」
 「この壁を壊そうとしてるんだ。さあ離れて、離れて!」
 一瞬何かを発見したような表情をすると、マラナはセイルにささやいた。
 「ねぇ、あの人が首にぶら下げてるの、リリーサーじゃない?」
 それからいたずらっぽく笑うとマラナは、精神を集中しはじめた。彼女のリリーサーが強い光を放ちだしたかと思うと、指先に火球が生じ、透明な壁に向けて放たれる。
 ズーン・・・
 あたりに重い音が響いて壁は崩れ落ちた。
 「な、何なんだ君らはぁぁぁぁ!?」
 目を丸くして驚いている男に、セイルは事情を説明するのだった。

 男はトネモという名で、考古学者なのだそうだ。ある調査でリリーサーを発見し、その謎を探ろうと、あちこちの遺跡を調べてまわっていたのである。
 彼の話によると、ザバナの遺跡の中でもこの建物だけが妙に頑丈に作られており、奥には何か重要なものが隠されているに違いないということだった。
 トネモの自己紹介を聞き終え、マラナがリリーサーの使い方について彼をからかっていた時である。突如、前方から巨大な光球が、無防備の少女に向けて飛んできたのだ。
 「危ないっ!」
 とっさにセイルは彼女の前に出ると、リリーサーに防御を命じる。一瞬のうちに少年の前に赤い光の壁が発生し、突然の攻撃を完全に防いでくれた。
 「大丈夫かい?マラナ」
 少女はかなりのショックを受けたらしく、呆然としている。
 「セイル、あれを見て!」
 レイリーが指さした方向には、奇妙な生物がこちらに向かってくる姿があった。その生物は全身銀色をしており、奇妙に角張った体をしている。
 「さっきの攻撃はこいつが・・・?」
 セイルがそう考えた瞬間、前方の生物は第二撃を放ってきていた。セイルは、再びリリーサーの力を使って防御したが、今の彼には反撃に転じるだけの能力はない。
 相手が三たび光球を打ち出そうとした時、レイリーが小さく何かつぶやくと、指先を前方に向けた。すると、敵の体に向けて一筋の光線が生じたのである。そして次の瞬間に、生物は小さな爆発を起こして床に倒れてしまった。
 「レイリー、今のはいったい・・・!?」
 「今まで黙っていてごめんなさい。できることなら、わたしはこの力を使いたくなかったの。でも、あなたはまだ不慣れなようだから・・・」
 「力って・・・。君はリリーサーを持っていないのに・・・」
 セイルの疑問にレイリーはうなずいて答える。
 「リリーサーは昔、何かの力を利用しやすくするために作られたもので、精神を集中しさえすればリリーサーがなくてもその力が使える。わたしのお母さんはそう言っていたわ。だから、わたしはリリーサーの後継者である兄さんと一緒にその力を使う訓練をしていたの。とは言っても、リリーサーを介しているときの威力に比べれば微々たるものだけれど・・・」
 「これで微々たる力なのか?だとしたら、リリーサーを完璧に使いこなせる人間がいるなら・・・」
 謎の生物の残骸を眺めながら、少年はそうつぶやいていた。
 ふとセイルが後ろをふりむくと、さっきの学者の姿がどこにも見えなくなっている。
 「あれ、さっきの学者さんは?」
 「あの変なのが出てきたときに、逃げてっちゃったみたいだよ」
 やっと正気に戻ったらしくマラナがそう答えたが、その言葉にいつもほどの明るさはなかった。
 「とにかくこの先に何があるのか分からないから、十分注意して進むことにしよう」
 セイルの言葉に従って三人は慎重に進んだが、そこから先には特に罠のようなものはなかった。建物の奥に着いたセイルは、そこの壁に何か文字のようなものが彫られているのに気づく。しかし、かなり昔の文字らしく、読むのに苦労していたところへ、さっきの学者が戻ってきた。
 「うぅぅぅぅむぅぅぅ!これは、古代の帝国文字だな」
 「今まで何やってたわけ?」
 マラナがきつい口調で言う。
 「いやぁ、突然用が足したくなってねぇ。まぁ、外へ行ってスッキリしてきたというわけだ!!」
 「・・・」
 「ところで、帝国文字って言いましたけど、トネモさんはこれが読めるんですか?」
 セイルが壁の文字を指さし、丁寧な調子で尋ねる。
 「むおぅちろんだよ、君ぃ。わたしは専門家なんだよぉぉ!」
 この学者の説明によると、壁の文字はこう書かれているらしい。

 ドルイ帝国は滅び、この地を支配したエルドール=ラインはその地位を失った。彼とそのリリーサーがどこへ消えたのか不明だが、二度と我々の前に姿を表すことはないだろう。

 「たぶんこの建物は、ここに書かれていることを記念して造られたんだろう。さて、わたしは忙しいんで、これで失礼するよぉぉ」
 そう言うと学者は去っていってしまった。
 「マラナ。もしかしてエルドール=ラインっていうのは・・・」
 「姓がラインってことは・・・、わたしの祖先にあたる人ね、たぶん・・・」
 「ということはマラナのリリーサーはこのエルドールという人物のものだった、ということか。どうやら、リリーサーはドルイ帝国というのと関係があるみたいだな・・・」
 このとき、セイルはカイゼルを探すことに加えて、リリーサーについても調べてみようと考えていた。
 

 セイルの本来の目的は、レイリーの兄の行方を探すことである。カイゼルが残した復讐という言葉から考えて、彼がキムダルの村へ向かったと考えるのは当然のことであろう。だからこそ、セイルとレイリーは、キムダルの村を目指したのだ。レイリーの説明ではキムダルはもうすぐの所らしい。
 「あれ、向こうから誰か来るよ」
 リリーサーの調査に興味を持ったためか一緒についてくることにしたマラナが言った。その言葉どおり、前の方から男が一人歩いてくる。どうやら、キムダルの村人らしい。男との距離がつまってくると、レイリーには相手が誰なのか分かったようだ。小走りに駆けだしてそばまで行き、男に何か話しかける。だが、少しの間会話が交わされたかと思うと、突如、男が怒鳴り声でこう言うのが聞こえてきた。
 「二度と村に近づくな!お前なんかの顔は見たくもねぇ。さあ、さっさとどっかへ行っちまえ!!」
 「・・・」
 男が去っていったあとも、レイリーはうつむいたまま立ちつくしている。村を追い出されたとは聞いていたが、正直なところ、ここまでひどい扱いを受けると思っていなかったセイルは、彼女にどう話しかけたらいいか分からずにいるのだった。
 「セイル。兄さんは村へは立ち寄らなかったみたいよ」
 「あ・・・。うん。そうか・・・」
 何事もなかったような笑顔のレイリーを見て、言葉につまるセイルだった。しばらくの間沈黙が続く。レイリーは村のあるらしき方向を見つめていた。
 「ねえ、これからどうするの?」
 マラナの質問にはっとしたセイルは、すでに旅を続けるためのお金が尽きつつあることを思い出した。
 「とにかく、どこか近くの町ででも働いて、必要なお金を稼がなくちゃならないな」
 レイリーの話によると、ここからさほど遠くない位置に大きな町がある、ということだった。金銭的な問題は、その町で働かせてもらえば何とかなるだろうと思える。それよりも心配なのは、「疲れた」を連発するマラナを、おぶっていかなければならなくなったセイルの体力が、町までもつかどうかであった。

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